下塚誠 死因は咽頭がん 居酒屋レモンタイムとはどんなお店なのか?

マッハバロンなどで知られる俳優の下塚誠さん(64)が7日に死去したことが分かりました。 死因は2015年に喉頭がんを発症し、手術したものの、翌年肺に転移し自宅療養を続けていたそうです。

また、自身が経営する洋風居酒屋レモンタイムの店先には自らが立ち、接客していたそうです。

このレモンタイムとはどんなお店なのか?検証していきます。

 

最後までお付き合いください

 

下塚誠さん 末期がんの末死去

1974年の人気特撮ドラマ「スーパーロボット マッハバロン」などで知られる俳優の下塚誠(しもつか・まこと)さんが7日に死去したことが8日、分かった。64歳。兵庫県神戸市出身。

所属事務所によれば、2015年秋に咽頭がんを発症し、手術したものの、翌年、肺に転移。下塚さんは16年に末期の肺がんを患っていることを告白していた。

その後、自宅で療養を続けながら、経営する洋風居酒屋「レモンタイム」の店先に自ら立ち、接客をしていた。発病後も、体調と相談しながらイベントやドラマに出演したが、今年の春頃から体調が悪化。亡くなる数日前に都内の病院に入院し、7日に息を引き取ったという。

通夜は15日午後6時から、葬儀・告別式は16日午前11時から神奈川県相模原市南区上鶴間本町3の8の2、釈迦堂暁心殿で。喪主は長女・下塚智子(ともこ)さん。

息子で俳優の下塚恭平(38)も自身のツイッターで「昨日、私の父、俳優の下塚誠ががんを患って、死去しました」と報告。「父とは、会えば口げんかばかりしていて、ずっと疎遠でしたが、憧れの存在であり、私が俳優になる上で多大な影響を与えてくれた存在です。ずっと反対され続けてましたけどね。何一つ期待に応えられなくて、ごめんなさい。安らかにお眠りください」とつづった。

下塚さんは東京新社タレント養成所1期生。74年、日本テレビ「スーパーロボット マッハバロン」の主役に抜擢され、本格的デビュー。NHK銀河テレビ小説「昭和の青春シリーズ4 早春の光」、フジテレビ「銭形平次」などに出演した。16年6月に千葉テレビで放映された「越後怪談」シリーズのストーリーテラーが、俳優として最後の仕事となった。

スポニチより引用

 

下塚誠さんの経営するレモンタイムとはどんな店なのか?

店は2003年1月にオープン。スナックだが「居酒屋並みの豊富なメニューと値段というコンセプトなので、『洋風居酒屋』ってキャッチフレーズをつけました」と下塚さん。

15坪の店内にはカウンター8席とテーブル席が25席。日中は「昼カラオケ」として知人に貸している。仕事柄、酒は飲むものの体調を考えて控えめにしていた。

 

ネット上の声は

 

  • マッハバロン、懐かしいな。
    レッドバロンて云うのもあったよな。
    バイク屋じゃないよ。

 

  • オイルショックの影響で途中打ちきりになってしまったけど、マッハバロンは名作。OP曲、ED曲は名曲だよ。イベントでお会いした時に続編できたらいいのにとおっしゃってました。
    ご冥福をお祈りします。

 

  • マッハバロン眠れ眠れー
    エンディングなんか寂しかった思い出がある

 

  • 知らんやろ若いのは。
    キカイダー
    電人ザボーガー
    グレンダイザー

 

  • 懐かしいな、昭和の特撮番組「マッハバロン」はよく見てたなぁ~。64歳はまだ天国に逝くには早すぎるよ。

 

  • 昔は特撮ドラマはジャリ番組(子供番組)と呼ばれ、低い扱いだった。
    今みたいに仮面ライダー出身で後にメジャーな作品に出演して広く名前が知られる事は当時ではレアケース。藤岡弘くらい。昭和世代には馴染みがある下塚誠さん。
    ご冥福をお祈り申しあげます。

 

「今は一日一日を、どう有意義に過ごすかを考えながら店に出てるんです。発症前より疲れやすくて、
1時間接客して15分ほど休み、それからまた接客の繰り返し。ただ、お客さんと話してる方が気も紛れるし、 僕が生きた証しにもなる。僕のブログを見て、ファンが心配して店に来てくれるのは本当にうれしいものです」 とも生前答えておりました。

 

早すぎる死に衝撃を受けました。

 

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