栗城史多が死亡 死因は遭難による低体温症か 8度目の挑戦も帰らぬ人に…

エベレストの山頂を目指していた栗城史多さん(35)が21日朝、エベレストのキャンプで亡くなっているのが見つかりました。

死因は明らかになっておりませんが、恐らく下山途中に遭難し、低体温症になったと見られます。

過去7度無酸素で挑み続け、右手親指意外の両手9本の指先を失ってでもエベレストに挑戦していた彼の人生とは一体どのようなものだったのでしょうか。

 

最後までお付き合いください

 

栗城史多 8度目のエベレスト挑戦も死亡

 

エベレストの山頂を目指していた、登山家の栗城史多(くりき・のぶかず)さん(35)が21日朝、エベレストのキャンプで亡くなっているのが見つかったと、ネパールの「ザ・ヒマラヤンタイムス」が報じた。

 

ベースキャンプの担当者が電話で伝えたところによると、シェルパがキャンプで栗城さんが亡くなっているのを発見したという。死因は明らかになってない。

現地のメディア onlinekhabarによると、今回の登頂計画をサポートしている「ボチボチトレック」のマネージングディレクター、ティカラム・グルング氏の話として、栗城さんは、7200メートル付近のキャンプ3で亡くなっていたという。

 

栗城史多さん プロフィール

 

栗城 史多KURIKI Nobukazu登山家。

1982年、北海道生まれ。

大学在学中に登山を始め、2004年にマッキンリー(標高6194m)の単独登頂に成功。

その後、2005年にアコンカグア(標高6959m)とエルブルース(標高5642m)とキリマンジャロ(標高5895m)、2006年にカルステンツ・ピラミッド(標高4884m)と六大陸最高峰を単独登頂。2007年にチョ・オユー(標高8201m)、2008年にマナスル(標高8163m)、2009年にダウラギリ(標高8167m)と8000m峰の無酸素での単独登頂に成功。

山からのインターネット生中継と単独無酸素登山にこだわり、エベレスト制覇を目指している。

 

Abema TVで生中継予定だった

 

【この番組は天候・体調により、放送延期になる可能性がございます。ご了承ください。】
登山家・栗城史多がエベレスト8度目の挑戦へ!これまで、2009年9月、2010年10月、2011年10月、2012年10月、2015年10月など7度にわたってエベレストに挑戦するも登頂には至っておらず、2012年の下山途中で両手、両足、鼻が重度の凍傷となり、両手9本の指を失っている。

8度目となる今回は、果たして登頂成功なるか!?

栗城氏コメント「僕を初めてご覧になる方もいると思いますが、僕の本当の夢は「冒険の共有」です。「冒険」「チャレンジ」を、インターネットを通してリアルタイムでみんなで共有するということをやってきました。今年はエベレストの頂上を目指していきますが、AbemaTVでその様子を生中継するのでぜひみなさん見ていただければと思っています。冒険の共有の本当の目的は、否定という壁を少しでもなくすことができたらと思っています。何かにチャレンジする時には必ず否定的な言葉とか、失敗が怖いとかいろいろあると思うけども、失敗も含めてすべてリアルタイムで共有して登ってきたいと思います。がんばって登ってきます。必ず生きて帰ってきたいと思っています!みなさん応援よろしくお願いします!またお会いしましょう!」

 

Facebookで途中下山を伝えていた

 

栗城さんのFacebookによると、日本時間の午前10時ごろ、「栗城中継班」からのメッセージとして、栗城さんの体調悪化を理由に、7400m地点から下山することになったと伝えていた。

栗城さんは、2009年以降、エベレスト登頂に7度挑み続け、2012年には両手、両足、鼻が重度の凍傷になり、右手親指以外の両手9本の指の先を失う困難に直面しながらも、エベレストの頂を目指していた。

日本時間午前0時ごろの投稿では、「今は、このエベレストを苦しみも困難も感じ、感謝しながら、登ってます」などと、Facebookに投稿していた。

 

事務所のコメントはこちら

 

栗城事務所の小林と申します。

このようなお知らせになり大変申し訳ございませんが、
エベレストで下山途中の栗城が遺体となり発見されました。

下山を始めた栗城が無線連絡に全く反応しなくなり、
暗い中で下から見て栗城のヘッドランプも見当たらないことから
キャンプ2近くの撮影隊が栗城のルートを登って捜索し、
先ほど低体温で息絶えた栗城を発見いたしました。

生きて帰ることを誓っておりましたのに、
このような結果になり大変申し訳ございません。

生きて帰るため執着しないと誓っておりましたのに、
最後に執着してしまったのかもしれません。

皆様へのご報告が遅くなりなりましたこと、
心よりお詫び申し上げます。

何m地点で発見されたかなど
これ以上の詳細が日本でわからず大変恐縮ですが、
またわかり次第お知らせ申し上げます。

 

ネット上の声は

 

  • 気の毒だなぁ。色々と引っ込みつかんくなったのかなぁ。

 

  • 色々と言われてた部分もあるとは思うが、命懸けで登山をしていた事は事実な訳だから、どうかこれ以上、亡くなった人を悪く言わないであげてほしい。弔いの精神が備わってる日本人ならそれが出来るはず。

 

  • 応援してた。ご冥福をお祈りします。

 

  • 普通に破滅型の登山家だとわかっていたがこれは驚いたと思う。

    ご冥福をお祈りいたします。

 

  • 登山家の間では「登山家」ではないと言われていた方です。

    正直、99.99%無理だと言われてた登頂を応援していた人にも多少の責任はあるのではないかと思ってします。

    無知が故の怖さというか。

    ご冥福をお祈りします。

 

  • 実力ないのに無謀と
    前から言われたよね。

    本人も悪いがスポンサーや
    メディアも責任あるでしょ。

 

  • 不謹慎かも知れないが
    本人としたら本望。だと思う。
    未だ夢の途上でいられるのだから。

    ご冥福をお祈りします。

 

  • 若すぎて残念だがこういう終わり方してしまうのかなとプロ登山家たちも思っていたと思う。

 

  • 凄いとか言われるけど命あって。これを履き違えてはダメだと思う、何にでも。ご冥福をお祈りします

 

  • このままいけば、彼は死ぬと著名な登山家が口々に批評していた。
    自業自得な部分も多々あるかもしれないが、ご冥福をお祈りします。

 

  • いろいろな意見のある人だけど、山に魅せられた人であったことは間違いないでしょう。無事に帰ってきてこその登山家とはいえ、本人としては本望な最期だったのかもしれないな。

 

  • 今回もやはりも無謀な挑戦だったのだろうか。他の登山家からマラソンなら市民ランナーレベルと評価されていたが。。メディアや後援者に躍らされてた印象ある。多分、今回も後に引けなくなったんかな。
    ただ死去されたとなると、そう揶揄もしにくい。
    心よりご冥福をお祈りします。

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