青木ヤクルト電撃復帰!! 無名の存在からスーパースターへ 数々の記録

【古巣復帰】

昨シーズン最下位に沈んだヤクルト。チーム浮上の起爆剤として、若手への見本として、そしてチームの柱として、青木選手の活躍から目が離せない2018年シーズンとなりそうです。メジャーで6年間プレーした青木宣親外野手が古巣のヤクルトへ移籍です!

最後までどうぞお付き合い下さい

日本球界へ復帰 ヤクルト青木

メジャーで6年間プレーした青木宣親外野手(36)のヤクルト復帰が決定的となったことが29日、分かった。

契約は3年で総額10億円程度とみられる。昨季はアストロズなど3球団に所属し、オフにFAとなっていた。

 

青木はメジャー球団との契約を最優先としてきたが、米国のFA市場の歴史的な停滞により、7年ぶりの古巣復帰を決断。

2月1日のキャンプインを前に、日米通算2058安打の安打製造機が日本球界に帰ってくる。

スポニチアネックスより引用

 

青木 宣親プロフィール

生年月日:1982年1月5日 (36歳)

出身地:日向市

身長/体重:175 cm / 79 kg

学歴:早稲田大学

青木 宣親は、宮崎県日向市出身のプロ野球選手。右投左打。

愛称はノリ 。現在はフリーエージェント。

NPB史上2人目のシーズン200安打達成者およびNPB史上唯一の2度のシーズン200安打達成者であり、NPB歴代4位のシーズン安打記録を保持する。

Wikipediaより引用

 

メジャーリーガー青木が日本球界に戻ってくる~!!!!

 

野球大好きな私としてはなかなかな電撃復帰でございます。

 

7年ぶりの日本球界復帰・・・移籍チームはもちろん古巣の東京ヤクルトスワローズ!!!

 

 

ダルビッシュ有・田中まーくん等の投手やイチローの様なもはや超伝説的日本人メジャーリーガーがクローズアップされがちですが、この青木という選手・・・めっちゃ凄いんですよ!!?

すでにこんなにもヤクルトファンはフィーバーしてます!!

 

青木復帰にファンの声は

https://twitter.com/49_rw/status/958172958710669312

 

ファンの皆さんも大いに喜んでいる模様です。

 

 

そんな青木選手の伝説というか、これまでの実績を是非ご紹介いたします。

 

無名の存在から黄金メンバーの一角へ

 

宮崎県立日向高等学校では2年生時からエースとなり、3年生時の1999年春季九州大会では県予選を勝ち抜くが、2回戦で東海大五高に9回裏サヨナラ負け。同年夏の甲子園県予選は準々決勝で鵬翔高に敗れた。

 

高校時代はエースとして甲子園を目指していた青木選手。しかし残念ながら甲子園には届かず大学進学を目指します。

 

早稲田大学人間科学部スポーツ科学科に指定校推薦で進学。本人は「とにかく勉強するよりなかった」と語っている[3]。高校時代に肩を壊したため、大学では野手へ転向した[2]。

 

進学先は伝統の早稲田大学!! ここで早稲田史上最強と呼ばれた黄金メンバーと出会うのです。

 

 

現福岡ソフトバンクホークス 和田 毅

 

現阪神タイガース 鳥谷 敬

 

早大の同期には鳥谷敬・比嘉寿光・由田慎太郎、1学年上には和田毅、1学年下には田中浩康、2学年下には武内晋一・越智大祐がおり、後に6人全員がプロ入りした強力打線「1番・田中、2番・青木、3番・鳥谷、4番・比嘉、5番・武内、6番・由田」でチャンスメーカーとして活躍し、早稲田大学野球部史上初の4連覇に貢献している。 2002年の3年春の東京大学1回戦では5打数5安打5打点1四球の活躍で、1試合6得点という六大学野球記録を達成した。同年の東京六大学野球秋季リーグ戦では、打率.436で首位打者のタイトルを獲得した。同リーグにおいて、ベストナインを3回受賞している。通算58試合出場で190打数63安打(打率.332)、0本塁打、20打点。

 

早稲田大学史上初の4連覇メンバー、のちのプロ入り選手の多さをみてもどれだけの黄金メンバーだったかということですね!!

 

そして青木選手はプロへの厳しい道のりへ・・・

2003年11月19日に行われた2003年のドラフトでヤクルトスワローズから4巡目指名を受け、入団した。背番号は「23」。

 

プロ入り 日本を代表する安打製造機の誕生

プロ一年目に二軍でイースタン・リーグ首位打者(打率.372)と最高出塁率を獲得。

プロ二年目の2005年にイチロー以来史上2人目となるシーズン200安打を達成。
最終的に202安打を放って最多安打、打率.344でセ・リーグ首位打者、新人王にも選出された。

この頃から同じ右投げ左打ちの外野手、安打製造機であることからイチロー選手と比較されるようになっていきました。

ちなみにこの年は113三振を喫しています。
この3桁三振は青木選手のキャリア唯一のことです。
その後は三振が少ない打者に変貌を遂げていきます。

200安打と首位打者を獲得しながら三振を量産するという非常に珍しい記録を残しています。

初の盗塁王獲得 スピードスターの記録を止める
2006年は41盗塁で盗塁王を初受賞しました。
5年年連続盗塁王(セリーグ記録)の赤星憲広の6年連続を阻止する形になりました。

赤星選手自身も142試合に出場して35盗塁を記録。
このことから青木選手が実力でタイトルを奪ったことが伺えます。

あの当時の赤星選手と言えば、右に並ぶものはいないスピードスター。
その赤星選手を止めたこと、青木選手自身前年の29盗塁から大幅に記録を伸ばしての達成であったことも評価を高めました。

二度のWBC制覇 大会ベストナインも獲得
2006、2009年にWBCに出場し、日本の連覇に貢献。

特に2009年大会は不調のイチロー選手に代わって3番に入ると、大会を通して好調を維持。
3番打者として全試合に出場し、打率.324、7打点の好成績で、大会ベストナインに選出されました。

実際に試合を観ていて最も頼りになるのは青木選手でした。

「青木に回せば何とかしてくれる」

その雰囲気がチームからも、ファンからも出ていました。
最後はイチロー選手が美味しいところを持っていきましたが、2009年のチームは青木選手のおかげで勝ち上がったといっても過言ではありませんでした。

前年の北京オリンピックも含めて、国際試合大会でもヒットを量産する青木選手を見て、その対応力の高さに驚かされました。

 

2010年青木選手は自己最高の成績を納めます。
日本プロ野球史上初となる2度目のシーズン200本安打を達成。
また自己最高の打率.3585を記録し、自身三度目となる首位打者を獲得。

 

お読み頂いただけでわかるとおもいますが、この成績、並大抵のことではありません。

絶え間ない努力の結晶です。

 

その後2012年に海を渡った青木選手は昨シーズン日米通算2000安打を達成、現在通算2058安打としています。

 

プロ生活の最終章へ

 

メジャー通算打率・285の青木は、期限を決めずに待ち続ければ、オファーが届く可能性はある。しかし、36歳という年齢もあり、同じ成績ならベテランよりも若手を優先する傾向が強いメジャーでは、最悪の場合、移籍先が決まらないというリスクもある。青木は親しい友人に「まだメジャーでやれる自信はある」と話す一方で、「もし日本に戻るなら、ヤクルトしかない」とも明かしていた。

青木は早大から03年のドラフト4巡目でヤクルトに入団し、2年目の05年にはイチロー以来、史上2人目のシーズン200安打を達成。在籍8年間で首位打者を3度獲得するなど、背番号1の「ミスター・スワローズ」を継承し、チームをけん引した。メジャー移籍後も、オフには必ず衣笠社長にシーズン報告を行うなど、ポスティングシステムで夢を実現させてくれた球団への恩義は常に心に持ち続けていた。

近日中に正式契約する運びだが、ユニホームが間に合わないため、キャンプ合流は遅れる見通し。背番号は入団時から09年までつけた「23」が有力だ。昨季45勝96敗2分けで最下位に沈んだヤクルトだが、小川新監督の下、最高の「新戦力」が加わる。 ※スポニチより引用

 

昨シーズン最下位に沈んだヤクルト。チーム浮上の起爆剤として、若手への見本として、そしてチームの柱として、青木選手の活躍から目が離せない2018年シーズンとなりそうです。

 

長くなりましたが最後までお読み頂きありがとうございました。

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